残念ながらオーディオ事業を終了することが決まったサーモスによるVECLOSブランド。VECLOSブランドでは、HPT-700とHPS-500という、いずれも密閉型のオーバーイヤーヘッドホン2機種を発売していました。この2モデルも販売終了。
それに伴って、いわゆる投げ売りが始まり、当初の定価や、最近の実売価格を大幅に下回る安さで発売されているためか、HPS-500がオーディオ店での売り上げが急激に伸び、ついには、ファイルウェブが集計する週間売り上げでトップになってしまいました。
VECLOSに期待していたユーザーにとっては、複雑な状況ですが、VECLOS製品が本質的に高音質であるという実力があればこそでしょう。返す返すも残念です。
さて、人気のHPS-500と上位のHPT-700の両モデルについて、特徴や違いを見ながら、どのようなユーザーにどちらが向いているのかなどを探ってみます。
両機は、いずれも密閉型のオーバーイヤーヘッドホン。使用ユニットも40mm径のダイナミック型を採用と、ここまでは特に何の変哲もないように見えます。
しかし、独自の真空エンクロージャーを採用しているのがVECLOSの最大の特徴。真空エンクロージャーは、内筒・外筒の二重構造となっていてその間の空間を真空状態にしています。
従来の金属製のエンクロージャーは、剛性を高めようとすると重くなります。一方、真空状態は大気より圧力が低いため、大気との圧力差により内筒と外筒の表面に張力が発生します。これにより、エンクロージャーの剛性を高められます。しかも、真空エンクロージャの内部は真空状態なので剛性を高めながら軽量化できます。結果、軽量・コンパクトでありながら非常に剛性が高いというメリットが得られます。剛性の高さはクリアな音にもつながります。
さらに、優れたダンピング特性も持ち合わせるため、音楽再生時に不要な振動を減衰させる効果が得られます。これらにより、ドライバーの駆動効率が上がるため、立体的な音場、正確な定位も得られます。
このようにオーディオ的なメリットは多いのですが、わずか0.4mmの厚みに成型し、さらに真空層まで設けたヘッドホン・イヤホンのエンクロージャーに加工するのは大変です。魔法瓶の技術を応用することでできるのが、サーモスのアドバンテージというわけです。
両モデルはいずれも2018年8月末に、オープン価格で発売されました。
・「HPT-700」発売当初実売価格50,000円前後
・「HPS-500」発売当初実売価格39,000円前後
発売当初の以上の価格でした。その後は数千円程度値下がりしていましたが価格は維持されていました。そして、サーモスのオーディオ事業撤退発表のころから、安売りが始まり、HPS-500が約19,000円(税込み)、HPT-700が約25,000円(税抜き)と、発売時のほぼ半額になっています。
両モデルの主な違いは、ハウジングとバッフル素材。「HPT-700」は、チタン製のハウジングと、アルミ製のバッフルを採用。「HPS-500」は、ステンレス製のハウジングと、樹脂製のバッフルを採用。この違いによる多少のスペックの違いやサウンド傾向の違いがポイントになるようです。
HPT-700の主な仕様は、再生周波数帯域が10Hz~80kHz、感度が89dB/mW、インピーダンスが32Ω、最大入力が1000mW。接続端子は3.5mmステレオミニプラグで、ヘッドホン側3.5mm端子による着脱式ケーブル。本体重量:約338g。ボディカラーはチタンゴールド。
HPS-500の主な仕様は、再生周波数帯域が10Hz~80kHz、感度が91dB/mW、インピーダンスが32Ω、最大入力が1000mW。接続端子は3.5mmステレオミニプラグで、ヘッドホン側3.5mm端子による着脱式ケーブル。本体重量:約342g。ボディカラーはコズミックブラック。
いずれも、キャリーポーチと6.3mm標準ステレオ変換プラグが付属。
再生周波数はどちらも非常に広大。超高域再生能力の高さを謳うソニーやパナソニックといった大手と遜色ありません。また、特に強力なヘッドホンアンプを要求するようなスペックでもありません。強いて言えば、HPS-500のほうが、感度が高いので、スマホやリーズナブルなポータブルプレーヤーでも鳴らしやすいと言えましょう。
さて、もっとも肝心なサウンド面での違いです。これについては、メーカーでは当初、チタンを上位モデルに位置付ける考えだったものの、開発が進みステンレスならではの良さも見えてきたことから、どちらが上、下という単純なものではなく、好みで選べる範囲で異なるというように説明しています。
そのうえで、HPT-700は自然で繊細なサウンドで広い音場感、HPS-500は華やかでアタック感が得られるサウンドとしています。どちらも色付けの少ないクリアで情報量豊富なサウンド傾向を基本にしている点では同様のようです。
評論家やユーザーの声をまとめてみると、HPT-700のほうがより原音志向でモニターライク、余韻が細やかで音場表現力も豊か。
一方、HPS-500は中低音重視風のリスニング寄りで、ボーカルとの相性が良好。また、音の歯切れがよく電子楽器を多用した現代的な音楽にマッチするようです。
ただ、興味深いのは、音の温度感ではチタンのHPT-700のほうがウォームで、ステンレスのHPS-500のほうがクールというのが、方向性のようです。
いずれにしても、独自の真空エンクロージャーによる付帯音の画期的に少ないサウンドが持ち味でしょう。ヘッドホンからの再生音に、機器側による色付けや演出ではなく、音源そのものの良さをしっかり味わいたいというこだわりのあるユーザーに向いているのがこの2モデルでしょう。そのうえで、音の違いと好みを考慮して選ぶのが良さそうです。
2万円前後の予算で、他とは異なるメリットを活かしたヘッドホンを持っておきたいというユーザーには大いに注目できると思います。また、2万円前後の予算でオーソドックスな高音質な密閉型ヘッドホンを買いたいという一般的なニーズにも十分対応できると思います。
リケーブルによりバランス接続も可能なので、ヘッドホンはバランス接続派という方にも対応できます。
ヘッドホンの歴史に残る技術に興味があるヘッドホンコレクターにとっては、価格に関わらず、確保しておくべき存在だとも思います。